天国と地獄はなかよし

たこさんのしがない日常。

カーテンを閉めるたびに

今住んでいる逗子の家は広い。めちゃくちゃファミリー向けだ。
食器とかも貸して下さってるご夫婦のものがそのままあって、少しだけ大きさが違う色違いの湯飲みがあったりする。夫婦茶碗の湯飲み版やね。
そういうの見るたびに自分が平和な街にそっとやってきたシリアルキラーで、夫婦を殺してその家でのんびりと暮らしているみたいだなとか妄想をする。

リビングには大きな窓がある。というか一面がほぼ窓。
夕方になると、そうカーテンを閉めるよね。
そのたびに多分20年以上も前のことを思い出す。

青森の実家のリビングも広い窓があって庭を一望できたものだ。
秋に実をつけた植木がそのまま雪をかぶって、それを小鳥がついばみに来てるのとか見れたんだよ。
わたしはひどく忘れん坊で、それ以前に何事にもあまり興味がなかったので「暗くなったらカーテンを閉める」という父の言いつけを守ることが全然できなかった。

「また閉めてない!暗くなったら閉めないとって思わないの!?それとも『ああ暗くなったなあ』なんて思ってるの!?」

とか言われて、今思うと答えは「なにも考えてない」なんだけど当時はなんて答えたのかは覚えてない。

そんなことが続く毎日、ある日父はわたしにこう言った。

「今日も閉めてない!もうなんなの!?お母さんに言われてわざとやらないの!?」

うちは父子家庭だった。母はわたしが2歳、弟が1歳の時に好きな人ができて出ていってしまったらしい。
協定があるのでたまには会っていた。なかなか会わせてくれないから訴えるって母はいつも言ってたけど。

その時自分がどういうに答えたとかは覚えてない。衝撃だったことだけ覚えてる。

いま思い返すとよくわかる。
お父さんわたしのこと大好きだったんだなあって。あっ多分今も好きです。

わたしのこと大好きなので、うまくできないことに苛立ってもそれを誰かのせいにしたかったんだよね。

ちなみにその後もたこさんファミリーはみんなたこさん好きすぎて相手がいないところで悪口を言いあうという地獄みたいな感じになってたこさん誰のことも信じるのやめたんだけどそれはまた別の話。
この話、友人が「たこさんの取り合いだったんだねえ」ってものすごくいい表現をしてくれた。さすがワイの友人。

ここまで普通に号泣しながら書いてるんだけど、それでも書こうと思ったのはカーテンを閉めるたびに上記エピソードが頭をよぎるのちょっとしんどかったので。
多分今後も思いだし続けるんだろうけど、こうやって整理することによって少しは楽になれたらなって思うのでした。

さて、また明日。